東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2595号 判決
被控訴人は控訴人にたいし、金百十二万千三百五十五円およびこれにたいする昭和二五年三月一一日から支払ずみにいたるまで、年六分の割合による金員を支払うべし。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人にたいし金百二十万四千三百五十五円およびこれに対する昭和二五年三月一一日以降完済にいたるまで、年六分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、
一 控訴人は本件セメントを訴外弘南農工資材株式会社(取締役社長佐藤伊代治)を代理人とする被控訴人に売却したものであるが、右訴外会社は不成立の虚無法人であるから、控訴人は民法第一一七条の法意により佐藤を右訴外会社の地位に立たしめ、結局控訴人より見て右取引については佐藤伊代治個人が被控訴人の代理人となるものである。
仮に佐藤に代理権がなかつたとしても、同人は原判決事実らん記載(記録第二〇一丁表一二行目以下)の事由により被控訴人の表見代理人として本件セメント売買契約を締結したものである。
二 仮に右主張は理由なく、控訴人は本件セメントを訴外弘南農工資材株式会社に売却したこととなるとすれば、右訴外会社はいわゆる虚無法人であつたから、右売買契約は有効に成立するはずはなく、控訴人は依然として本件セメントの所有者である、控訴人は昭和二四年一一月二一日訴外敦賀セメント株式会社と本件セメントの購入契約を締結し、同会社は昭和二六年一一月二五日六十トン、同月二六日三十トン、同月二七日六十トン、同月二八日六十トン、同月二九日十七トン、合計二百二十七トンを積込んだが、控訴人は右積込と同時に本件セメントの所有権を取得したものである。
三 また控訴人が本件セメントを売渡した相手方は訴外弘南農工資材株式会社であつて、その代表者たる佐藤伊代治個人ではない、一般取引において、会社と個人とは、その資力、信用程度、営業状態が異るから、取引の相手方が会社が個人かということは意思表示の内容の重要な部分である、ゆえに本件取引において、控訴人の予期した相手方が訴外会社でなく、佐藤伊代治個人であつたとするならば、それは法律行為の要素に錯誤があるものであるから右契約は無効である。
四 また本件売買契約は、訴外佐藤伊代治と被控訴人とが通謀して控訴人を欺罔してなした詐欺による法律行為である、それは佐藤伊代治は被控訴会社の前社長菊池武憲の娘婿にして、同会社の取締役菊池武英および同会社社長秘書役樽沢武任の義弟にあたるものである、また佐藤は訴外弘南農工資材株式会社の社長と自称し、その有名無実の事務所を右菊池武英の邸内に設け、もつぱら被控訴人のため資材のシユウ集に当つており、被控訴人の意を受けてその手先となり、被控訴人の信用を背景として活動していた、本件セメントの取引交渉は佐藤によつて昭和二四年一一月一七日にはじまり、同月二一日前記樽沢武任をして控訴会社を来訪させ、控訴人にたいし、「万事佐藤にまかせてあるからよろしくたのむ」と述べさせて至急出荷を要請したしかも他方同年一〇月五日附にて帳簿上被控訴人が弘南農工資材株式会社に本件取引の代金に相当する金額を含む多額の金円を前渡した形式をととのえておき、いよいよ代金支払の時期にいたると、佐藤はいち早く行方をくらまし、被控訴人は代金支払済と称して控訴人の代金支払請求を拒絶した、それのみならず、控訴人は荷受人佐藤不在のため、被控訴人にたいし、到達駅に積上げてあつた本件セメントの使用を中止し、その保管方を要請したにもかかわらず、被控訴人は到達駅がその管理下にあるのをさいわい、強引にこれを費消した、以上の事情を総合すれば、本件取引は被控訴人と佐藤との共謀による詐欺の行為といわざるをえず、控訴人は昭和二七年五月九日佐藤伊代治にたいし、本件売買契約取消の意思表示をした。
五 以上すべてが理由なく、控訴人が本件セメントを佐藤に売却したことが効力あるものであつたとしても、佐藤は代金未払であるから右セメントの所有権は同人には移転していない。
よつて上述の二ないし五のいずれにもとずくにせよ、控訴人は本件セメントの所有権を失わなかつたものであるところ、被控訴人は原判決事実らん記載(記録第二〇二丁表一一行目以下)のように故意または少くとも過失にもとずいてこれを被控訴人の鉄道敷設工事に費消して控訴人のセメントにたいする所有権を侵害し、よつて原判決事実らん記載(記録第二〇〇丁表六行目以下)のとおり控訴人にたいし、合計金百二十万四千三百五十五円のセメント代金債権等に相当する損害をこうむらしめたから、その賠償を求めるものである。
六 被控訴人の後記四の主張(被控訴人が民法第一九二条により本件セメントの所有権を取得したとの点)にこれを否認する。
仮に被控訴人が主張するように、被控訴人は訴外弘南農工資材株式会社から本件セメントを買受けたものであつたが、同会社はいまだ成立せず、結局佐藤伊代治個人から買受けたこととなつたものであるにしても、この場合、被控訴人には相手方が訴外弘南農工資材株式会社であるか、佐藤伊代治個人であるかという法律行為の要素に錯誤があつたものであり、表意者たる被控訴人には右訴外会社の不成立を知らざるにつき重大な過失があつて、被控訴人自らその無効を主張しえないとしても、控訴人は第三者としてその無効を主張するものである。
また仮に被控訴人と佐藤との間の本件セメントの売買契約が有効に存在し、このセメントが津軽尾上駅に到達と同時に被控訴人が運送人として佐藤のためセメントを代理占有し、佐藤からこのセメントの引渡を受けたとしても、この引渡は民法第一八二条第二項にいう簡易引渡にほかならない、被控訴人はこの占有移転をもつて、民法第一八四条にいわゆる指図による引渡と解しているが、被控訴人主張の日本通運株式会社は、運送取扱人であり、セメントの直接占有者とは認められない、被控訴人は運送人としてこれを直接占有するものであり、荷受人佐藤の占有代理人である。しかも佐藤はこの占有代理人たる被控訴人に占有を移転するのであるから、その方法は民法第一八二条第二項によるべきものである。
しかしながら控訴人は佐藤から被控訴人にたいし、右簡易引渡の意思表示のあつたことをも争うものであるが、仮にこの意思表示があつたとしても、かかる簡易引渡による占有移転の場合には民法第一九二条の適用はないと解すべきものである、けだし、民法第一九二条は占有取得者が処分者の占有にもとずき、処分者を正当権利者であると信ずることは当然であるとし、取得者の方面から観察して取得者の善意であつた場合を保護するため、前主の占有に公信力を認めた規定であり、簡易引渡は占有取得者が前主の代理占有者として前主の代理人であると同時に自らも独立の占有者であるから、かかる代理占有者が前主より占有権を譲受けたとしても、右占有は前主当時の自己の占有を基礎とするものであるがゆえに、民法第一九二条による保護を受けるものではなく、またその必要も認めないからである。(大審院大正五年五月一六日判決、民録第二一輯九六一頁参照)
なお、たとえ被控訴人と佐藤との間の占有移転が被控訴人主張のように民法第一八四条の指図による引渡であつたとしても民法第一八三条の占有改定の場合と同様に民法第一九二条の適用はないと解すべきであると述べ、
被控訴代理人は、
一 控訴人は、本件セメントを被控訴人に売渡したと主張するが、被控訴人はこれを否認する、被控訴人はこのセメントを訴外弘南農工資材株式会社から買受けたものであつて、その後同会社はいまだ登記を完了していないことが判つたので、結局このセメントは佐藤伊代治から買受けたことになるのであり、控訴人も本件セメントを佐藤伊代治に売つたこととなるのである。ただし、控訴人主張の本件セメントの売買代金額が最終消費者価額によるものであることは認める。
二 控訴人は、本件セメントの売買取引において、訴外弘南農工資材株式会社代表者と自称した佐藤伊代治は、民法第一一七条の法意により、被控訴人の表見代理人の地位に立つと主張するが、同条により佐藤が右売買契約の履行または損害賠償の責に任ずるは格別、被控訴人がその責に任ずるはずはない。
三 被控訴人が佐藤伊代治と共謀して控訴人を欺罔して本件セメントの売買契約をしたものであるとの控訴人の主張および右契約の真実の相手方は佐藤伊代治であるにかかわらず弘南農工資材株式会社であるかのように控訴人が誤信したことは、法律行為の要素に錯誤があつたものであるとの控訴人の主張はいずれもこれを否認する、被控訴人は控訴人と佐藤との右契約については善意の第三者である、控訴人が昭和二七年五月九日佐藤にたいし、右契約を詐欺による意思表示であるとの理由で取消したことは知らない。
四 仮に控訴人の前記二ないし五の主張のように、佐藤が本件セメントの所有権を取得しなかつたとしても、被控訴会社はその当時真実存立するものと信じていた訴外弘南農工資材株式会社から日立セメントを買受けることを約した(被控訴人はその日時を明かにしない)が、佐藤は本件セメントを控訴人から買受け、控訴人は敦賀セメント株式会社敦賀工場に命じ同工場は日本通運株式会社津軽尾上駅前店宛に、荷受人弘南農工資材株式会社、着駅被控訴人経営の電鉄津軽尾上駅、着扱人として本件セメントを発送させたので、現品は昭和二四年一一月三〇日から同年一二月五日頃までの間に津軽尾上駅に到着し、同駅では日本通運株式会社の同駅前店に通知した。同店はかねて佐藤からの指示により被控訴人に現品を引取るように通知し、被控訴人もまたかねて佐藤から荷物到着の上引取つてくれといわれており、佐藤からのセメント買受についてはもともと右物品の出所には重きをおいていなかつたので、右敦賀セメントを引取つたのである、されば佐藤は商法第五六八条第五八三条の規定により本件セメントが津軽尾上駅に到着した後荷送人たる権利を取得して本件セメントの所有権を取得し、ただ、その占有については運送取扱人たる前記津軽尾上駅前店において佐藤のため代理占有をしていたわけである。しかし、佐藤からの指図により被控訴人にこれを引渡したものであるから、被控訴人は民法第一八四条に規定する指図による引渡の方法により本件物件の占有を取得したものである、右のような事情で被控訴人は善意、無過失、平穏かつ公然にその占有をはじめたものであるから、民法第一九二条の規定により右セメントの所有権を取得したものであると述べた。
<立証省略>
以上のほか、当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否はすべて原判決事実らんに記載のとおりであるからここにこれを引用する。
三、理 由
一 成立に争ない甲第二ないし第四号証同第十二号証と原審及び当審証人斎藤敏雄、同西園寺正夫、同中崎力信の各証言とをあわせ考えると、昭和二四年一一月二一日訴外佐藤伊代治は弘南農工資材株式会社という会社の取締役社長であると称し、同会社が、真実代理権あるかどうかはしばらく別として、被控訴会社の代理人であるとして、控訴会社から、ポルトランドセメント二百四十七トンを、代金トン当り四千四百四十四円、着駅までの運賃トン当り四百五十円を超過する運賃、出荷のため貨車指定を要する場合の指定料金及び割当証明書用印紙代は買受人負担、納入場所は弘南鉄道津軽尾上駅レール渡し、納入期限は契約後一週間内に第一車を発送し引続き買受人の希望により出荷促進のこと、代金の支払は契約と同時に半額を現金で支払い、残額は第一車発送後一週間内に六十日払の約束手形を振出して決済のこと、代金支払場所は東京都という定めで買受ける契約をしたことが認められる(この契約を以下かりに本件売買ということがあろう)。もつともこの甲第十二号証見積書、甲第二号証見積書訂正、甲第四号証註文請書の宛名の記載には弘南農工資材株式会社とあり、甲第三号証註文書に註文者を意味する記載には弘南農工資材株式会社取締役社長佐藤伊代治としてその押印があるがこれらはいずれも訴外佐藤伊代治がその取締役社長であるといつている右会社またはその代表者名義を被控訴会社の代理人として記載しまた押印したものであること右証人斎藤敏雄の証言によつて認めることができるから、これらの記載や押印があるからといつて本件売買は右訴外会社との取引であるということはできない。
二 ところが、弘南農工資材株式会社は設立されたことはなく、本件売買当時かような会社が存在しなかつたことは、成立に争のない甲第七号証と当事者双方の弁論の全趣旨から明かであるところ、かような存在しない会社を他人の代理人であるとし、その不存在会社の代表者と称する者が代理行為をした場合にはその不存在会社の代表者と称した人その者が前記他人の代理人として法律行為をしたものと解するのが相当であるから、前記セメント売買は佐藤伊代治その人が被控訴会社の代理人として結んだ契約であると解すべきものである。
三 よつて進んで右佐藤伊代治の代理権の存否について検討する。
(1) 本件売買の行われた当時は臨時物資需給調整法(昭和二一年法律第三二号)及び同法にもとずく指定生産資材割当規則(昭和二三年総理庁令法務庁令大蔵省令文部省令厚生省令農林省令商工省令運輸省令テイ信省令労働省令第一号)の施行中であり、セメントは右法律及び省令の適用を受ける物資すなわち右省令にいわゆる指定生産資材のひとつであつたから、セメントは右規則の定めるところによつてのみ、適法にこれが譲渡し譲受けをすることができるとされていた。右規則によつて許される譲渡し譲受けの方法のうち、いちばん通常の場合は、主務官庁から需要者に交付された需要者割当証明書又は販売業者に交付された販売業者割当証明書の記載するところに従い、且つこれと引換にする場合であり、右割当証明書はこれを他に譲り渡し又は他から譲受けてはならないと定められ、これにそむく者には刑罰を科することになつているのである(前記省令第八条第九条第一五条、前記法律第四条)。
ところで、原審及び当審証人中崎力信、同西園寺正夫、同斎藤敏雄の証言と真正に成立したことについて争のない甲第五号証の二とによると、本件売買についての交渉の際、訴外佐藤伊代治は、「割当を受けた者の住所及び氏名又は称号」のらんに被控訴会社のそれらを記入してあるセメント四十五トンの需要者割当証明書、しかもその目的物件受領印のらんには被控訴会社の印を押してあるものを所持し、控訴会社の本件売買を担当した従業員に示したという事実が認められる。右需要者割当証明書(甲第五号証の二)は前記のような記載あることからみて被控訴会社が主務官庁から交付を受けたものであることは明かで、それを佐藤伊代治が所持するのは、なんらか不法に被控訴会社が占有を失つたことに起因するものであるとの特別の事情の主張立証はないのみならず、被控訴人弁論の全趣旨によると被控訴会社の意思にもとずき正当に佐藤伊代治の所持にうつつたものであることをうかがうことができる。それでは被控訴会社は佐藤伊代治に譲り渡したのかそれとも他の意味で占有を移転したのかと考えるに、この点についてハツキリと断定をくだす資料はないが、割当証明書はこれを他に譲り渡すことを禁じられているのであり、確かなよりどころなくして被控訴会社及び佐藤が刑罰を受けるべき違法行為をあえてしたと認めるべきものではないから、被控訴会社が佐藤伊代治へ譲り渡したのではなく、他の意味で佐藤の所持に帰せしめたものとみなければならない。
しかも、佐藤伊代治がセメント販売業者であつたと認めるべき証拠はないから(原審証人樽沢武任の証言並に成立に争のない乙第六号証では、まだ十分でない)、指定生産資材販売業者として被控訴会社の受けた割当証明書を所持するものとも解しがたい。ところで、他方には被控訴会社がその必要とする資材の調達方を佐藤伊代治にたのんであつたという事実が原審証人樽沢武任の証言によつて認められる。
(2) 原審証人樽沢武任、同中崎力信の各証言と成立に争なき甲第五号証の一とをあわせ考えると、本件取引のセメントの一部百八十トンのために用いられ、結局生産者敦賀セメント株式会社へ渡された需要者割当証明書(甲第五号証の一)は、被控訴会社が昭和二四年一一月二二日運輸省から交付を受けたもので、一度は被控訴会社へ持ち帰り、会社の印を押した上、東京都文京区本郷なる旅館にたいざい中の佐藤伊代治あて送つたものであるという事実が認められる。
(3) 原審及び当審証人樽沢武任の証言によると、樽沢武任は、ながい間被控訴会社の社長をつとめた菊池武憲の子で、その兄は本件取引の当時、被控訴会社取締役の一人であり、樽沢武任は社長秘書という役名で主として鉄道線路延長工事に関する各種の認可、許可申請手続並に資材買付事務を担当していたことが認められ、原審証人中崎力信同西園寺正夫の各証言によると、本件売買契約成立の日すなわち昭和二一年一一月二一日のひるころ右樽沢が佐藤伊代治と同道して控訴会社をたずね、控訴会社の建材部長西園寺正夫、建材課長兼セメント課長中崎力信に面会して、本件売買取引の内容及びそのときまでの交渉の経過について説明をきいて了承の旨を述べた上、一切は佐藤伊代治にまかしてあるから宜しくたのむと、つけ加えて述べたという事実が認められる。
よつて案ずるに、さきに(1) の前段に説示したとおりの物資統制制度のもとで、その後段に説示したように、被控訴会社が主務官庁から交付を受けた割当証明書を任意に、被控訴会社がセメントなど資材調達方をたのんである佐藤伊代治に、譲渡したのではなく、所持させていたとの事実、(2) に説示したように被控訴会社が主務官庁から交付を受けた割当証明書を佐藤伊代治に送付したとの事実、(3) に説示したような地位にある樽沢武任が、佐藤伊代治の関与した本件取引経過を聞いてこれを了承した上、一切は佐藤にまかしてあると述べた事実に、本件取引の代価は公定の最終消費者価額であるという当事者間に争のない事実(従つて、仮に佐藤が買主だつたとすれば佐藤は法律上は転売によつて一銭の利益をも受け得ない関係にあること)をつけ加えて考えれば、佐藤伊代治は被控訴会社の代理人として本件売買契約をする権限をもつていたものと認定するのが相当である。原審証人西谷嘉三郎原審及び当審証人樽沢武任の各証言中前記認定に反する部分は信用することができない。成立に争なき乙第五号証の記載は、控訴会社が佐藤に代理権のないことを認めたようなところもあるけれども原審証人斎藤敏雄当審証人中崎力信の証言によると、この書面は控訴会社の命を受けて被控訴会社へ代金請求交渉に行つた控訴会社の社員が、被控訴会社から、意外にも、本件売買に関する佐藤の代理権を否認されたためにビツクリして、とにかく円満に事をまとめて控訴会社に損害をかけないようにしようと、いろいろ思案のあげく被控訴会社の主張をも考慮しての解決案を提示した書面であることが認められるから、前記認定のさまたげなるものではない。原審証人西谷嘉三郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一、二号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第三号証の一、二、三と右西谷の証言によると、佐藤伊代治が被控訴会社とセメントの売買を約し、被控訴会社は佐藤伊代治に代金前渡しをしたことがうかがわれないではないが、ある取引にあたつて本人の代理人として行為したものが本人との間では別にその関係をとりきめることは往々にしてあるところであるから右佐藤が控訴人との取引においては被控訴人の代理人としてこれを成立せしめ、別に被控訴人との内部関係においては同一の物件を自分が被控訴人に売渡すこととしてその間の利益をはかることは少しも不思議ではなく、これと前記本件売買の価格が最終消費者価格であることとを考えあわせると、これらの証拠にあらわれたところは、被控訴人との関係を実質的に証明するものとは解し難いところであつて、前認定を左右するものではないといわなければなるまい。
以上の次第であるから、昭和二四年一一月二一日佐藤伊代治が代理人として控訴会社との間に締結された本件売買契約は被控訴会社と控訴会社との間の契約として効力を有するものであるのである。
四 つぎに、控訴会社は本件売買契約の履行のために、昭和二四年一一月二三日ころ敦賀セメント株式会社にたいして、その製造のポルトランドセメントを発送すべき旨を指示し、敦賀セメント株式会社は同月二五日ころから数日の間にまで数回に合計二百二十七トンのポルトランドセメントを発送したことは原審証人中崎力信、同斎藤敏雄の各証言によつて認めることができ、被控訴会社が当時右セメントを受取り費消したことは被控訴人の認めるところである。
したがつて買主たる被控訴人は控訴人にたいしてセメント二百二十七トンの約定の価額による代金合計百万八千七百八十八円を支払うべき義務があり、そのほかに前記約定により被控訴人が控訴人に支払うべきものの金額は、プール運賃超過運賃額が金八万二千七百八十円、貨車指定料が金二万三百六十六円五十銭、割当証明書用収入印紙代が金一万円であつたことは当審証人中崎力信の証言によつてこれを認めることができ、これらはおそくとも、売買代金の最終支払と同時になされるべき暗黙の合意があつたものと認めるのが相当である。
控訴人は建築資材その他の物品の輸出入並に国内販売を業とする会社であり、被控訴人は鉄道を敷設し旅客貨物の運輸を業とする会社であることは、本件当事者間に争のないところであり、本件売買は双方にとつて、それぞれその営業のためにする行為であること明かである。したがつて、被控訴人は、前記代金及びその他の支払金合計百十二万千三百五十五円について、すでに履行期をすぎていること明かな昭和二五年三月一一日(本件訴状送達の翌日でもある)から支払ずみまで商法所定の法定利率による遅延損害金を支払うべき義務あること明かである。
五 なお、控訴人は、被控訴人が前記の債務を不当にも否認し、支払をこばんだために、控訴人は再三その社員を被控訴人の本店所在地につかわして支払請求の交渉をさせ、そのために金八万三千円の支出を余儀なくされ同額の損害を受けたと主張し、右は被控訴人の債務不履行によつて生じた損害としてこれが賠償を求めるというにあるようであるが、被控訴人の本件売買における債務は要するに前記の金員を支払うべきことにありこのような金銭を目的とする債務の不履行による損害賠償額は法定利率により定められるべきものであつて、この範囲の損害については債権者は証明を要せずかつ債務者は不可抗力をもつて抗弁とすることもできないことは民法第四一九条により明らかであつて、この外に特に債務不履行による損害ありとしても債権者はこれが賠償を請求し得ないことはおのずから明らかである。(当庁昭和二十六年(ネ)第二〇六〇号第二一九九号昭和二七年五月二〇日言渡判決参照)従つてこの点の控訴人の請求は主張自体失当である。
よつて、控訴人の請求中、金百十二万千三百五十五円及びこの金額にたいし昭和二五年三月一一日から支払ずみまで、年六分にあたる金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべく、その余は理由なしとして棄却するのほかない。
以上の次第であるから原判決を前記趣旨に変更すべく、訴訟費用は民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条によつて全部被控訴人の負担とすべきものである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)